むかしむかし「魔法のiらんど」で日記を書きはじめたのはいつやったかな。20年くらい前かなぁ~
その後、世間はmixi→Facebook→Twitter→Instagram→TikTokとSNSが進化していきましたが、わりと早めの段階で脱落してしまった私。
だって、SNS見てると平気で2~3時間経っちゃってることもあったし、そのわりに見終わったあとに何か自分に残るものもなく、ただ疲労感だけを得たってことがしばしばで。中には「うらやましいな~」てネガティブな感情がもくもく湧いてくることもあって。
自分の限りある時間を浪費しないために、そして精神衛生を保つために、SNSとは距離をおこうと決めました。だからここ十年くらいは同世代が共有してる情報の外に住んでいる気分でした。
別に退屈なことはなかったし、自分にとって価値があると思えることに時間を使えていたのでそれでいいと思ってきました。
でも、何か文章を書くのが億劫になってきたところもある気がして。気軽に書けなくなったというか。オンライン上だけでなく、研究上必要な論文やら申請書やら、そういうのまでも何か書き始めるまでに心理的負担があって。書き始めたら楽しくなるんやけど、そこにたどりつくまでに時間がかかってしまう。
そこで、気軽に書く練習としてブログを始めることにしました。ある程度、記事がたまったらSNSにも連携させたり、副業の一環として広告収入を得る方向にもしたいけど。とりあえずは、気軽に書く習慣を身につけることを最初のゴールにしたいと思っています。
とはいえ自己満足のためだけにやっててもいずれ続かなくなるやろうし、今後いい方向に展開していくためにも、誰かにとって何か有益な情報を発信していけたらな、とは思ってます。
でもこの「有益な情報」ってのが、さらに自分のマインドブロックになってしまってるところがあって。論文でもそうなんですが、読者にとって「有益な情報」って何だろう?とあれこれ考えはじめると、結局そこでいつも止まってしまってるんですよね。
だから、このブログでは自分の知ってることや経験してきたことをジャンル問わず書きなぐっていこうと思います(笑)見切り発車ではじめた方がなんやかんや上手くいってきた気もするし。
最近、知識をインプットする過程で「ギバー・テイカー・マッチャー」の人口分布について知りました。ギバー(Giver)は「与える人」、テイカー(Taker)は「受け取る人」、マッチャー(Matcher)は「与えられたら返す人」って感じです。このうち、ギバーは成功する人と損する人両方のマジョリティらしいです。
日本人の半数以上はマッチャーらしいのですが、私も基本的にはマッチャーとして振舞ってきたように思います。でも関係性によってはテイカーなところもあった気がする。たとえば親やきょうだい、恋人に対しては。実際どれか一つに分布してるわけではなく、関係性によっていろいろ変化するみたいです。
つまり私の分布は「テイカーよりのマッチャー」てことになると思うんですが、その立ち位置に満足してるかといえば答えはNOです。思い描く輝かしい将来の自分像としてはやっぱりギバーになりたいな、と思います。
でもギバーとして成功をおさめてる人は、成功してからギバーになったんじゃなくて、もともとギバーだからこそ人望や運を集めて成功することができたんだろうな、とも思います。だから今すぐにでも与え始めるべき、と。でもでも現実問題、与えようにも元手がないとどうにもならない、といつもそこで立ち止まってしまうんです。
ただ今回ここで共有したいのは、与えるものは何も物質的なものや金銭的なものじゃなくてもいい、ということです。つまり、情報や知識、感謝の言葉なんかも与えるもののうちに含まれている、と。情報や知識なら、私にもすぐに与える(共有する)ことができそうです。
大勢の人にとっては、私がもってる情報や知識は何の役にも立たないかもしれません。でも、必要な人にとっては貴重な情報源かもしれない。
手軽に情報を検索できるこの時代、自分にとって役立たない情報をノイズにするかどうかも自分次第なんだから(たとえば私がSNS離れをしたようにノイズを切ることだってできる)、私がマイナーな情報をwebに載せることを遠慮する必要はないんだな、と気がつきました。むしろ情報を共有しないままだと、それを必要としてる誰かが受け取ってくれる可能性を自ら排除してしまうことになるんだな、と。
だから内容としてはジャンル問わず、情報共有の場として気軽にこのブログを更新していきたいと思っています。おたのしみに!
まとめ:本ブログの目的
- 気軽に書く習慣を身につけるため
- 自分の知ってる情報や知識を共有(ギブ)するため
※近い将来、ブログ更新が面倒になってきたときの備忘録(戒め)として、書き残しておきました。


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